でも結局我々はそのマンションを買わなかった。何と言われようと、僕にはそれは株券には見えなかったからだ。それは一つの部屋であり、人が暮らすべき空間であった。自分が好きになれないものなんて金を出して買いたくない。
村上春樹 『村上朝日堂 はいほー!』(文化出版局)収録の『スコット・フィッツジェラルドと財テク』より村上春樹氏が知人からワン・ルームマンション投資を勧められた際のエピソードです。バブルによる地価高騰の前の話らしいから1980年代前半から半ばくらいのころと思われます。上記の村上氏が好きになれなかった“やたらと細長い奇妙な部屋”は3千万円の物件だったけど、一年半後には5千万円を超えていたのだとか。
ちなみにこの知人のセリフに、
「お金どういう風に運用してるの? 銀行の定期預金? 冗談じゃないですよ、そんなの。この超低金利時代にそんなことしてちゃ。今が儲けどきなんだから。いま儲けなくていつ儲けるんですか」だの
とにかく不動産ですよ、これからは。なにしろ戦後このかた長期的に見れば土地が値下がりしたことはないんだから……。とかが出てきます。いつの時代でも中身は同じですね。ちなみにこのころの金利は何パーセントだったのだろう。
さて、先日農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)にて行われた座談会のあと、そこでいただいた書籍等を読みながら、いろいろと投資方法について考えていました。大いに刺激を受けたというのが正直なところです。
NVICの投資スタイルは、構造的に強靭な企業の株式を保有し、その企業価値(バリュー)の増大を楽しむというものです。投資リターンの源泉は、株式の売り買いではなく企業価値の増大であるとしています。(*1)
そう、日々私たちが働いている企業は、モノであれサービスであれ、何らかの価値(バリュー)を人々に提供して利益を得ることによって存在し続けています。バリューを提供できない企業は持続することができません。私なんかのようにバックオフィス系のうだつの上がらないサラリーマンは、ついついそのことを忘れてしまい、企業は従業員の苦役によって存在していると思い込んでしまいがちですが。
でもね、そう、思い出した。以前働いていたヘルスケアの会社でのキックオフミーティングでのこと。
ある少女がゲストが呼ばれていました。
彼女は社員の前でスピーチをしました。曰く、私は生まれつき体が弱く、屋外で遊ぶことがままならず、ほとんど故郷を離れたことがなかった。それがその会社の製品を使うことによって、中学からはバスケットボール部に入り、日々楽しく学校生活を送っている。なによりもそのキックオフミーティングに呼んでいただいたので、上京したついでに、念願のディズニーランドを楽しむことができた。皆さん、いろんな意味でありがとう!
世の中、け、な気分で(*2)過ごしていた当時30代前半の私も、いかに部活動が楽しいかを語る彼女の笑顔を見ていると思わず胸が熱くなりましたね。正直、不覚にも視界が滲みました。そう、その私の勤めていたヘルスケア企業は、人々におカネだけでは測れないバリューを提供し続けて、米国の田舎のガレージを改造した作業場から、名だたるグローバル企業へと変貌していったのです。
別にヘルスケアだけに限ったことではありません。私が現在働いている会社の製品は、純粋に健康という見地から見れば、無いほうが良いと思います。
しかし、その会社は規模が小さいので、前線で活躍している社員や、それを楽しむ消費者の息遣いがダイレクトに伝わってきます。そして私は確信しています。いま提供している製品は、確実に人々にバリューを与えていると。働かないなんて、もったいないね。
え? コーラは世の中に害しか与えていない?
その意見もよーくわかります。しかしコーラのない世界を想像してみましょう。なんとも味気の無い世界が広がっているのではないでしょうか。『Cola - 資本主義のアイコン ペプシコ(PEP)の分析』で書いたように、コーラは単にノドを潤す清涼飲料水以上のバリューを人々にもたらしています。
もちろんネガティブな面もあります。どんな企業でも、たたけばホコリが出ます。履くだけで思わず跳びはねたくなるシューズをつくるナイキは、クメールルージュが居なくなったカンボジアで、労働搾取を行ってきたのかもしれません。称賛されるトヨタのカンバン方式は、天下の公共道路や下請けに在庫を押し付けているだけなのかもしれません。そして、つまるところ資本主義というものは、ピケティさんが嘆いたように(私は読んでいないけど)経済格差を助長する巨大な装置なのかもしれません。
しかし大きな目で見ると、資本主義、ならびに企業の活動が人々にもたらすバリューは、人類にダメージを与える負のコストよりも大きいと思います。資本主義及び企業の活動のP/Lは、平均すると毎期右図のようになるのではないでしょうか。
そしてNVICのCIOである奥野氏は以下の通り書いています。
物事の本質は時代が移ろっても変わらないものである。大事なことは、資本家として(その投資金額がいかに小さくとも)企業の営む事業や企業経営者を主体的に選択し、その投資先企業の企業価値を時間をかけて楽しむことである。
奥野一成 / 川北秀隆 『京都大学で学ぶ企業経営と株式投資』 きんざい人々にバリューもたらす企業を選び、その株式を保有し続ければ、配当や株価上昇等のTangibleな利益だけでなく、有益な事業に貢献している充足感といったIntangibleな利益も得られるのではないでしょうか。
そして個別株式に投資するということは、右記のP/Lのバリューの面積が持続的に広い企業を見つけるということです。奥野氏が座談会でおっしゃっていた「持たざるを得ない(買わざるを得ないでしたっけ?)」企業ですね。それらを見つけられれば、日々のニュースや株価、財務指標に煩わされることはありません。そして必然的に長期投資になります。つまるところ、持たない選択肢はないわけですから。
この世に有益なバリューをもたらす企業・事業に投資していることで得られる充足感と愉しみは、株式投資以外では味わえないと思います。
例えば仮想通貨を含めた為替。奥野氏の記述を借ります。
いずれにしても為替は単なる通貨の交換比率であり、根本的に価値を決める要因ではありません。
川北秀隆 / 奥野一成・編著 『いま日本を代表する経営者が考えていること』 ダイヤモンド社
というわけで、通貨そのものがバリューを生み出しているわけではありません、もちろん、アナタが福沢諭吉やリンカーン、ミランコビッチの熱狂的なファンであれば別ですが。
例えば債券。2017年のレターでウォーレン・バフェット氏に a really dumb 呼ばわりされた投資先ですが、国債の場合を例にとると、企業でなく国がどれだけのバリューを生むか、ですね。日本政府かディズニーか、をムスメに問えば、答えは3秒で出そうです。
不動産。バリューを生み出すか否か。これは土地そのものというより、そこを利用する人次第ですね。
オルタナティブの一例として、近年話題の太陽光。帰省するたびに、幼少のころ遊びまわった山や野原が削られて、あの不格好なパネルが並んでいる悲惨な光景を目の当たりにすると、私は悲しくなる。胸が痛い。
問いたい。あれは、善きことなのか。
あんだけパネル並べて、いったいぜんたい集結するジオン軍を一網打尽にでもするつもりかい?(*3)
30年後の日本に、新たな頭痛のタネを提供しているだけじゃないのか。
I repeat,
あれは、善き行いか。
あれはバリューを生んでいるのかい?
ま、じぶんちの屋根に設置する分には、いいと思うが。
もちろん既に述べた通り、企業の活動も良い面ばかりではありません。しかし確実に世の中に、人々に、日々バリューを提供しています。それらの企業に投資をし、そのバリューの増大を長期にわたり楽しむ株式投資。私にはこれ以外考えられません。
というわけで、私は、
株式投資。What else?
情報開示:とくになし
(*1) 参照としてNVICのホームページの投資手法をご覧ください。
(*2) 佐々木マキ『やっぱりおおかみ』福音館書店
(*3) 機動戦士ガンダム 第35話 『ソロモン攻略戦』
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