2023年12月26日火曜日

次の10年に向けての雑文(4) ーa permanent holderにとっての最大のリスクー

例年通り、レッドソックスはなりふりかまわずプレーオフをめざしているところだった。息切れ寸前で苦しみながら、「クリフ・フロイドを獲らないことには、にっちもさっちもいかない」とまで思い詰めていた。たったひとりの選手で全問題が解決するはずという、よくある浅はかな発想だ。 〈中略〉 もしフロイドを獲れば、地元ボストンの新聞各紙は狂喜する。フロイドは、レッドソックスの本拠地〈フェンウェイ・パーク〉にまやかしの夢と希望をもたらす存在なのだった。

マイケル・ルイス 『マネー・ボール〔完全版〕』 中山宥・訳 ハヤカワノンフィクション文庫

 

For some reason, the media love the news of one business merging with or acquiring another one.  The investment bankers and financiers who make fat fees love them even more.  Following such an announcement, the CEO is typically invited to CNBC interview during which they will extrol the virtues of "strategic fit," "synergies," "culture fit," and other boilerplate platitudes uttered in every single M&A.  They are almost always wrong.  Most mergers and acquisitions fail.

Pulak Prasad 『What I Learned About Investing From Darwin』Columbia Business School Publishing


インド株式を運用するNalanda Capitalの創始者Pulak Prasad氏は、その著書でM&Aの成功率(失敗率)に関する文献を紹介しています。

  • Clayton Christensenとその他著者がハーバード・ビジネス・レビューに寄稿した記事『The Big Idea: The New M&A Playbook』によると、70-90%が失敗。
  • KPMGの調査だと、83%が価値創造につながっていない
  • Organizational DynamicsのToby J. Tetenbaumによると、60-80%が財務的な見地で失敗

等々、 and some more.

Prasado氏はM&Aによる3つの ”見えない” 損失を挙げています。

  1. 金の生る木を枯らす
  2. Forcusを失う
  3. 本業に資金をAllocateする機会の喪失

世界的な医薬品メーカーのバイエルによるモンサント(遺伝子組み換え大手のバイオ化学メーカー)の買収を例としてみると、

  1. バイエルは、いくつかの既存のコアビジネスを手放さざるを得なかった。独占禁止法にひっかかることと、買収のための巨額の負債(2017年の3.6Bユーロの負債が、翌年には36Bユーロに膨れ上がった)を返済しなければならなかったため。そのうちのひとつはキャッシュ・カウなアニマルヘルスケア事業だった(ごっつあんです、私はゾエティスの株主です)
  2. マネジメントの注力が買収後のあれこれに向いてしまったため、ほったらかしになった製薬の分野の事業の伸びが止まった。買収前の2010年~15年にかけてRevenueは約2倍に成長してきたのだが、買収後の16年~20年にかけてはフラットだった。
  3. 世界はコロナ禍に突入。製薬会社にとっては千載一遇のチャンス。しかし上記の状況下でバイエルは、アストラゼネカ・J&J・モデルナ・ファイザー等々と同じ土俵に立てる余裕はなかった。なんたる機会損失。

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買収って後始末が大変なんですよね。

私が以前勤めていたグローバル・ヘルスケアの会社もM&Aを繰り返していました。そういうエキサイティングな状況とは程遠かった中小企業から転職した私は、かなり面食らった記憶があります。なぜって事業部ごとに民度というか品性に大きな違いがあって、かたや非の打ちどころのない英文メールを短時間で打てる日本人が当たり前の世界から、片方では「おまえ、字、読めるのか?」と真顔で尋ねたくなるような人々が集団を形成していて、それらが一つ屋根の下で事業を営んでいるのを目の当たりにしたからです。

また同じ事業部内でも、ひたすら攻撃的な集団がいるのには閉口しましたが、私にはそれがなぜなのか当初まったく理解できませんでした。

すべて(無秩序な)M&Aがもたらした結果です。そう、攻撃的な集団は、私が入社する少し前に買収された企業に勤めていたのです。いやもう、彼らと仕事をするのは、それはそれは腫れ物に触るようにしないと、大怪我をしましたね。ずいぶん手間や時間がかかりました。シナジーや効率化って本気かよ、の世界です。

そのうち彼らはクビを切られていくことになるのですが、そのころには彼らと仲良くなっていた私は、よく飲みに呼び出されて会社に対する呪詛の言葉を聞かされたものでした。とばっちりとしか言いようがない。

またあるときは、新たに買収した事業とシステム統合をすることになり、そのアイスブレイキングの簡単なテレカンの会合を初めて持った時、ほんの一年前にオラクルのERPを入れたばかりのその事業の人々がブチ切れて放つ罵詈雑言(しかも関西弁)をスピーカー・フォン越しに予定30分オーバーで耐え忍んで聞くという経験もしましたね。

もちろんそのシステム統合には買収した側からもリソースもかなりとられてしまいます・・・

危機感を覚えた日本の上層部は、オレたちは何の会社か思い出せ、とばかりにオフィスの壁いっぱいに創業者がその昔ガレージで製品を開発していたときの写真や患者様のポートレイトをでかでかと印刷したり、しょっちゅうマネジメントチームがオフサイトでチームビルディングのイベントに明け暮れたりしていました。

かようにして、その様々な企業からやってきた畑違いの事業部があつまって何とか一体感を醸し出そうと多大なる労力を費やし・・・それで、足し算以上のシナジーが生み出されたのでしょうか。私は立場上、複数の事業部を担当しましたが、正直言ってこれっぽっちもそんなもの見つけられませんでした・・・少なくとも日本では。看板が有名なものになったのでお医者さんから無視されることが少なくなった、との言葉を営業の人から聞いたことがありますが、さりとて著しく売り上げが伸びたかというと、全然そんなことはありません。"strategic fit," "synergies," "culture fit,・・・まやかしにすぎん。

私はその企業に勤めている間、ESPPを通して自社の株式をかなり購入していて、いまだに持ち続けています。その企業、私が去る直前にそれはそれは大きな買収をしたのですが・・・そのおかげでROIC等の数値がとてもヒドイものになっており、おかげで株価は過去5年の間大きく低迷し・・・くそ、あのCEO、企業価値毀損罪でラリアートをくらわせたい。

最近、買収先の事業を解体し、すこしずつスピンアウトをし始めているようですが、その筋でもてはやされているM&Aやスピンアウトって、ほとんどの場合はCEOと金融業界とメディアのマスターベーションに過ぎないのではないでしょうか。まったくもってバカバカしい。

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それでもM&Aをやり続けていて、それでいて確実に企業価値を増大させている企業もあるんですよね。株式を保有している企業では、ワッツコ(WSO)がそれにあたります(参考記事『ロスト・ワールドの覇者』)

同社はもともとHVAC関連の部品やツールの製造業に端を発しましたが、1989年から突如HVACのディストリビューターを買収し始めて大きく成長しています。これぞserial acquirer というべき存在です。直近5年で10件の買収をしています。

しかし経営効率の指標の推移はというと:



非の打ちどころのない数字が並んでいます。

Debt/Equityの割合も非常に低い数値です。



同じく保有しているローリンズ(ROL)、こちらもserial acquirerですが数字を見てみます。



2019年度に大きな買収(Clark Pest Control)をおこない、数字がちょっとよれっとしています。競合先も大きな買収をしており、この先買収競争を強いられるようだったら、ちょっと考え直す必要があるかもしれません。理想は、いかなる競争も存在しない世界で生きている企業が望みです。

最後にマコーミック(MKC)。





同社もちょこちょこと買収はしているのですけれどね、2017年度にレキットベンキーザーからRB Foodsを買収してから、すくなくとも数字上はone of themに成り下がってしまいましたね。ちょっとなにか大仕事をしてみたかったのか。本当にあるべき姿を見据えての買収だったのか。5年以上経過していまだにグズグズしており、これが足元の株価の低迷に一役買っているのでは、と考えています。

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結論としては、株式を保有している企業が、本当に明確な目的・ストラテジーがない買収をやりやがったら、世間的に盛り上がっている最中に株式を手放すべし、ということになります。

とにかくですね、退屈な産業のCEOと、株式のファンドマネジャーは、いわゆる「お仕事」をしてくれないほうが有難い・・・です、ハイ。

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