2023年5月24日水曜日

ロスト・ワールドの覇者

Watsco knew Peirce-Phelps was a good company and they only wanted three things of us: to continue to lead and manage the business as a market leader; to accelerate our growth by providing us with additional capital and technology; and to collaborate with our peers throughout the Watsco network so that we could all learn and benefit from each other’s experience. So far, we’ve all checked all three boxes and both companies have benefited from the transaction.

Watscoの2019年度版アニュアルレポートより

よく言われていることですが、昨今のICTによるネットワーク化や人々の価値観の多様化などにより、かつての重厚長大な企業が発揮していたような、とくに資本力や固定資産のデカさに依存したスケールメリットが薄れつつあるように見えます。

最近のM&Aにしても、単に規模を大きくするのではなく、新たな技術や販路を確保するといった目的でなされていることが多いように思います。さらには世のトレンドは、ジョンソン&ジョンソンやユナイテッド・テクノロジーズ、日立製作所(6501)のように、分割したり事業を手放したりして組織の効率化を図る方向にあるように見受けられます。

しかし、約2億130万年前から始まったジュラ紀に存在していた生物が、生き延びるためにひたすら巨大化する方向に進化したのと同じように、現在でも大きくなることこそが正しい世界、作家コナン・ドイルの代表作の『失われた世界』のような台地が米国に存在しています。



建築関連のB to Bの卸・ディストリビューター業界です。

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この業界に興味を持ったきっかけは、2022年の2月にプール・コーポレーション(POOL)に投資し始めたことになります。同社はプール関連製品の卸で、積極的な買収によってそのニッチな世界で圧倒的な存在になり、2,200社以上のサプライヤーから資材を仕入れ、120,000社以上の顧客(請負・施工業者)に対して、資材購入のワン・ストップサービスという価値を提供しています。

卸という業界の利益率は低いというイメージがあったのですが、同社は10%を超える営業利益率を安定的に継続し、ROICにいたっては20%台後半を維持し続けています。

したがって、

  1. 米国の建築請負業者は、その広大な国土の各地に、ローカルニーズに密着する形で散在している
  2. 全米規模でバリューチェーンの川中を押さえることができた卸・ディストリビューターという存在は、そのチェーン内で強い立場にある
  3. ということはメーカーのように、各製品のシェアの増減による影響をあまり受けないので、比較的安定的なビジネス
  4. もともと卸も請負業者も小規模な会社が多いので、他に先んじてそれらをボルト・オン買収していくことができると、川中にて、ちゃりんちゃりーんビジネスを安定してできる
といえるのではないか。

というわけで、プール以外の業界に同様のビジネスモデルを持った企業がないか探しました。そしてその結果、米国にてHVACのディストリビューター(RepairやReplacemant需要対応がメイン)であるワッツコ(WSO)と、配管や暖房、インフラ関連のディストリビューター、ファーガソン(FERG)を獲得するにいたっています。

これらの企業への長期的な潮流としては、

  • 米国の人口動態
  • さきの金融危機の影響による、米国での圧倒的な家不足
  • 気候変動対策への意識・規制の高まり(とくにHVACにおいて顕著)
  • 米国の商業施設等の老朽化(平均築年数が50年以上)

が挙げられます。

ちなみに卸(Wholesaler)とDistributorの違いは以下のようになっています。(引用もとはこちら


Distributorのほうが製品だけでなくサービスやプロモーションに関わっていて、川上に対しても川下に対しても、より影響力が強そうですね。純粋な区切りはできないですが、私的にはPOOLはWholesaler寄りで、FERGはDistributor寄り、WSOは中間かなと思います。ちなみに3社ともCustomerは請負業者(Contractor)がほとんどになりますね。

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積極的な買収戦略と聞くとハゲタカファンドみたいなのを想起してしまうのですが、実際のところ買収された側はどうなんだろうと思っていたら、WSOの2019年度版アニュアルレポートに同社に買収されたPeirce-Phelps社(以下PP社)から手記が寄せられていました。

PP社はフィラデルフィア近郊で93年間(2019年時点と思う)、3代にわたって続いたHVACのディストリビューターのファミリー企業で、その業界のTOP20以内にランクインする規模です。

WSOの2019年度アニュアルレポートより

しかし次の世代、4代目にビジネスを継承するにあたり、様々な困難に直面していました。

負債もこのまま引き継ぐのか? 気候変動やIOTへの対応による急速な技術の革新や変化に対応できるのか? 我々自身の業務のデジタル化はどうする? これじゃ、さらなる資金が必要だ、独立して存続してくのはしんどい・・・

そこでPP社は、事業を売却しつつも、自らが築いてきたビジネス・プラットフォームを残す方法を模索します。そして買収元として、

  • バカでかいオフィスからビジネスのやり方をエラソーに指図することがなく
  • これまでのPP社のやり方を尊重してくれて
  • 資本力とテクノロジー、それから様々な技術や経験を共有できるネットワークを持ち
  • HVACビジネスを熟知している

WSOを選んだのです。

従業員や顧客からの反応も

  • PP社の名前が残る
  • マネジメントチームはそのまま
  • 顧客との関係も変わりなし
ということがわかり、上々だったようです。さらには、WSOが持っていたテクノロジーを生かし、よりよいサービスを提供することが可能になりました。

事業を売却することによって、ファミリーが3代にわたって築き上げてきた価値が失われることはなかったのです。逆に

Equally important, our children — the fourth-generation of Peirce family members — now have opportunities for growth and future success as part of Watsco and its broad reach.

とあるように、将来への大いなる希望を獲得することができたのでした。

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美しいストーリーですね。もちろんWSOのアニュアルレポートに記載されているのでイイところしか書かれていないのでしょうが、それを差し引いても、よいM&Aは多くのステークホルダーに価値をもたらすようです。

WSOはもともとHVAC関連製品の生産をしていたようですが、1989年からディストリビューターになり、以降60以上の事業を買収してきています。直近10年でも10件ですね。



その結果、規模という点では競合他社を大きく引き離しています。

WSOの4Q22のプレゼンテーションより

あまつさえPP社をして、

They’re becoming the Amazon of the HVAC industry in terms of transforming the entire customer experience. 

と言わしめています。

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FERGも約10,000社強の比較的規模の小さな業者がひしめく業界で、同業他社のBolt on Acquisitionを大きな成長戦略としています。


FERGのビジネスは2022年度で、住宅向けが54%で非住宅向けが46%、RMI(リペア・メンテナンス・改良)が60%で新築が40%という、非常にバランスが取れたものとなっています。

サプライヤーが37,000社あり、顧客は100万社以上です。

その取り扱っている製品、それから事業の特徴上、Distributorの意向がバリューチェーン内で強いと思います。どんなに素晴らしい製品であったとしても、現場まで届かないと意味ないですからね。

調べた限りFERGを脅かす競合先は見つけられませんでした。Morningstarは競合先としてホーム・ディーポ(HD)やW.W. Graingerを挙げていますが、がっぷり4つの競合というわけではないように思います。

今後この2社が、その閉じられたロスト・ワールドでどのように巨大化していくか、じっくりと見守りたいと思います。

情報開示:この記事を書いている時点で6501 x 400株、POOL68株、WSO36株、FERG87株、HD85株保有

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