2016年5月8日日曜日

セント・ジュード・メディカル(STJ)のおさらい

 叔父はしばらく考え込んでいた。「思いあたる節は何もないな。でもそこの路地の両側を堀で塞いでしまったというのは、あまり良いことではなかったかもしれないな。入口と出口のない道というのは考えてみれば変なもんだものな。道とか川とかの根本原理は流れるということだからね。塞げば淀む」
村上春樹 『ねじまき鳥クロニクル 第2部 予言する鳥編』 新潮文庫
何事も流れが阻害されるのはよくありません。

水が淀むと、腐臭が漂いボウフラがわきます。


タンスや銀行口座にお金がたまると、日銀の黒田さんの額に脂汗が光り、腹黒い詐欺集団が暗躍します。


日々新聞の見出しを飾る、追い出し部屋や待機児童、地方の衰退などの事案は、人材や不動産の流動性の欠落が根本的な原因になっていると思われます。企業がもっと気楽に解雇ができれば、そして従業員にその覚悟がそもそもあれば・・・おっと、話題がそれた。


そしてヒトの体にとって、流れが阻害されて一番困るのは、そう、血液です、循環器です。


主に循環器の医療機器を扱うセント・ジュード・メディカル(STJ)がアボットラボラトリーズ(ABT)に買収されるというニュースがありました。

というわけでSTJはどんな企業か確認してみます。


STJは1976年にミネソタ州で法人化されました。会社を興したのは、植え込み式ペースメーカが元祖のヘルスケア企業メドトロニック(MDT)出身と聞いたことがあります。2016年一月時点で18,000人の従業員がいます。6年連続増配中。


製品は100ヶ国以上で販売されています。米国外でのNet salesの割合は49%なんだそうですが、そのうち欧州と日本の割合が大きいようです。


主なセグメントの2015年度のNet Salesの割合。



数値のソースはアニュアルレポートより
以下、生半可な知識での解説。けっして鵜呑みにしないでください。

【ICD】

植え込み式除細動器。公共施設等によく置いてあるAED(体外式除細動器)の体内植え込み式版。一見するとペースメーカのように見える。普段は静かに心臓のペーシングをモニターし、心室細動の気配を察知すると診断を開始し、異常と診断すると電流を流す(電気ショック)。心不全の心臓のペーシングを行う機能を備えているもの(CRTD)もある。

【AF】

心房細動のカテーテル治療器具。通称アブカテ。

左心房と肺静脈の間に電気を流しやけどをつくることで、肺静脈から発生する刺激を心房に伝わ らなくする治療 by 君津中央病院公式サイト

電流ではなく、凍らすことによって同じ治療を行う方法もあると聞いたことがありますが、STJはどちらでしょう・・・

【Pacemaker】

徐脈性不整脈(通常より心室のリズムが遅い)を治療する(というか電気刺激を心室に伝えて心室を動かす)、植え込み式の装置。強力な磁力に弱かったけど、最近MRI対応のものが普及しています。携帯電話の影響云々カンヌンは、そもそもの初めからそんなもんに影響されなかったのでした・・・。

【Vas】

狭心症や心筋梗塞の治療(PCI)に使う医療機器で、この分野はABTとかぶっていますが、血管に留置するステントや、血栓を吹き飛ばすバルーンカテーテルではなく、血管のイメージングをする機器や、冠血流予備量比を測定する機器、PCI治療の際の止血をする機器等々、どちらかというとPCIでの補助的な役割を果たす機器を扱っている印象です。

ABTも同様の機器を扱っているのかな?

【SH】

心臓の弁。機械弁と生体弁があり、STJの生体弁はウシのようです。

【Neuromodulation】

大きく分けてDBSとSCSがあります。
DBSはパーキンソン病の治療。脳に電気刺激を送り、神経のDisorderを正常にする治療(?、あんまり自信がない)。装置は体内植え込み式。
SCSは、脊髄に電気刺激信号を送り、呼吸困難を伴うくらいひどい腰痛とかの痛みを和らげる治療。装置は体内植え込み式。

両方とも心臓ペースメーカの技術と似ています。よってMDTも同じ治療法を提供しています。

【Thoratec】

FY15に買収された事業。

よくわからん。どうやら心不全の治療機器? 左心室のアシスト? この治療が適用可能な患者さんの10%程度までしか治療がなされていないので、これから伸びる余地が十分あるとのこと。

Revenueの推移。
数値のソースはモーニングスターのサイト

FY11までは金融危機をものともせず右肩上がりだったのですが、それ以降はOperating marginともども横ばいです。

Thoratecを買収したのに結果が伴っていない。何が起こっているのでしょう。為替かな?

各セグメントのNet salesの推移を見ると、


数値はアニュアルレポートより、単位は$M

うーん、ICDとPacemakerの下落基調が気になりますね。アニュアルレポートを斜め読みした限り、為替もあるけど、どうやら競合にやられているっぽい。参考までにICD、AF、PacmakerのNet Sales合計をボストン・サイエンティフィック(BSX)とMDTのそれと比較すると・・・


数値は各銘柄のアニュアルレポートより、単位は$M
MDT強し。MDTはアブカテ事業の買収の影響もあるらしいけど。

2015年度の財務3表。


数値はアニュアルレポートより
Thoratecの買収によりIntangible assetsとGood will、そして負債が増えています。

なおキャッシュフローの表のFY15は、長期借入金の借り入れ(我ながら変な訳)の順番が、FY13、14と異なっていることにご留意されたし。FY15の投資キャッシュフロー増加は、もちろん買収コストです。

ICDやペースメーカが頭打ちなので、Thoratec買収により新たなる一歩を目指したのでしょうが…買収に$3,252M、Debt issueが3,772M、ThoratecのNet SalesはFY15で136M。このビジネスの成長性、なんぼのもんなんかは私ごときには判然とせず。

BSをABTと比較します。



で、ABTはSTJを$25,000Mで買収ですか。STJのBSの1.9倍、STJのRevenueの約4.5年分。

素人目から判断するとSTJがThoratecを買収した時よりMake Senseな気がする。

Vasまわりでは、うまいシナジーが発揮できるのではと思いますし。ペースメーカ界隈とのシナジーは、どうだろ、時間がかかるとは思いますが。

ヘルスケア・ジャイアンツの課題は、いかにして新興国市場に販路を築くかということが挙げられます。ABTは新興国市場でのプレゼンスは強いのですが、ただそれはどちらかというと栄養剤だったりジェネリックだったりなんで、植え込み式医療機器がそれに乗ずることができるのかは、何とも言えないんじゃないかな。

それでも個人的にこの買収は長い目で見てABTを筋肉質にするのではと思います。$500Mのコストカット効果も見込まれているようですし。

で、ABTは、買いか?

ABTにはあとひとつ、診断薬製品のAlere(ALR)を$5,800Mで買収する話が出てまして...で、なにやらALRがAnnual filing(10Kのこと?)の提出に遅れが生じる事態となっており、これをうけてこじれつつある気配がしています。

この動向を見据えながら・・・いまのところ次の定期獲得のタイミング(6月)の有力候補ですね。

情報開示:この記事を書いている時点でABT108株保有

【参考記事】アボットラボラトリーズ(ABT)のおさらい

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