こうやって国づくりを見てくると、つくったのも四十年、滅ぼしたのも四十年、再び一所懸命つくりなおして四十年、そしてまたそれを滅ぼす方へ向かってすでに十何年過ぎたのかな、という感じがしないわけではありません。
半藤一利『昭和史』平凡社ライブラリー (オリジナルの単行本は2004年刊行)
当ブログでもこれまで何度か言及してきた近代日本の「40年周期説」ですが、昨今の政治・経済・国際情勢をみるにつけ、そのボトムの40年目を意識せざるを得なくなってきました。
私が初めて「40年周期説」を知ったのは半藤一利氏の著書の『昭和史』です。この説は結構認知度が高いようですが、半藤氏が言い出したのか、それともそれ以前からあったかまではよくわかりません。
この説によると、近代の日本は40年かけて国をつくり、次の40年をかけてそれを壊していくというアップダウンをを繰り返していることになります。
半藤氏バージョンでいくと:起点は朝廷(幕府ではない)が「開国する」と国策を変更した1865年。最後まで現実から目を背けて開国にアレルギー的拒否反応を示していた朝廷が、とうとう方針を変えたのをきっかけに、時の施政者たちが世界の文明と日本のおかれた状況を直視して、しゃにむに近代国家建設を始めます。
最初のピークは40年後の日露戦争に勝利した1905年。近代国家を完成し欧米列強の仲間入り(少なくとも自己評価的に)します。
ここからダウントレンドに転じ、最初のボトムは1945年の敗戦。無条件降伏です。
そして占領下の7年は一時休止期間で、2回目の起点はGHQが廃止されて日本の主権が回復した1952年。
その40年後は1992年になりますが、その年はバブルがはじけたことが認識されてきた時期なので、実際のピークはプラザ合意(円高ドル安誘導)があった1985年あたりですかね。焼け野原から復興し、世界で一二を争う経済大国になりました。ちなみにプラザ合意は失われたXX年へと続く日本経済低迷の起点とみなす見解もあるようです。
この半藤説をとった場合、次のボトムは2032年になります。いまから6年後。
ちなみに別バージョンに、上記の占領下の7年を含めるものがあります。その場合、1945年が2回目の起点で、2回目のピークはプラザ合意の1985年、2回目のボトムは昨年の2025年です。
いずれのバージョンも後付けバイアスの産物と言えなくもないですが…とりあえず以下の通り半藤氏バージョンでグラフを作ってみました。純客観的に重要と思われる出来事を書き込んでいます。ボトムとピークは白抜きBoldにしています。
これをじっと見つめていると以下3つの疑問が出てきます。
- 科学的根拠はあるのか
- 次のボトムはいつ? 2025年それとも2032年?
- ボトムには何が起きる?
まず一つ目の疑問ですが、深堀すると(オレはヒマなのか?)以下の通りの切り口がでてきます。
- これは単なる世代交代による意識・価値観の変化がもたらす現象に過ぎないのでは?
- であれば40年周期は近代以降の日本特有の現象ではないのでは?
- もし特有であればなぜ?
スティーブン・ピンカー氏(ハーバード大学心理学教授)が『21世紀の啓蒙』(橘明美/坂田雪子・訳、草思社)で書いていましたが、
“人は年をとっても若いころと同じ価値観をもちつづける傾向がある”
とのことです。どうやらいったん人が、たとえばXX人は怠惰だ、オンナは感情的でXXには向かない、戦艦は大きければ大きいほど強い、とかを思い込んだら死ぬまでそれらを変えるのは難しいようです。
となれば、条約勅許から日露戦争まで育まれた価値観を引き継いだ人々が、そして終戦から高度成長を経て育まれた昭和な価値観(個人的には水戸黄門的価値観と呼んでいる)を引き継いでなおかつ時代遅れになっても引きずっている人々が、年齢的に支配層から姿を消すのに費やす年月が40年いうのは、つじつまが合う気がする。
半藤氏バージョンとその他のバージョンとの7年のズレは、明治のころと昭和後期以降の健康寿命の伸びと捉えればいいのではないか。
ちなみにピンカー氏は同書で、
“ポピュリズムの推進力と考えられるのは文化的な反発である”
と述べていらっしゃるのも興味深いところ😆
これが列島人特有かどうかというと・・・たとえば米国を例にとると、第二次世界大戦後の同国のピークはやっぱり圧倒的なな世界のスーパーパワーぶりを発揮した1950年代かと思います。
その40年後の1990年第の前半は、日本および(西)ドイツに経済的に追い込まれて双子の赤字だのレイジーだの言われてボトムを這いずっていましたが、現在はそれから40年後の2030年にかけてのピークへの終盤戦を走っていて、かつての日本がプラザ合意後からバブル崩壊を認知し始めるまでの期間の勘違いの7年のような状況なんじゃないかなあ、と個人的に思ったりしています。
日本の占領下の7年、勘違いを認知するまでの7年・・・そういえば『ヒトは7年で脱皮する 近未来を予測する脳科学』てな本もありましたなあ。読んでいないけど。ちなみにその本の著者の黒川伊保子氏と、Aurea Lotusの柳下佑紀氏の見た目の区別がつきません😆 『株のトリセツ』なんて本が出版されたら、真剣にどっちが書いたのだろうと悩むんじゃないかと思います😅
閑話休題、冷戦が崩壊したのが1989年として、その約40年後の現在の欧州各国で極右ポピュリストが台頭してきていることも考えると、あながち40年周期説は近代日本固有というわけではないかもしれません。
『世界秩序が変わるとき』(文春新書)の著者である斎藤ジン氏は同書で
“人間にも社会にも「消化吸収期間」は必要”
という見方を書かれていました。江戸時代の鎖国下での二百数十年は戦国時代に渡来した西洋文化の消化期間とも。近代では、それが40年なのかもしれません。いや、40年間の消化不良と言えるのかも。
もし40年周期が近代日本固有であるというのであれば、これは最近読み始めた丸山真男・著の『日本の思想』(岩波新書)の第一章に書かれているように、
“(日本では)ある時代にはなばなしく行われた論争が、共有財産となって、次の時代に受け継がれてゆくということは極めて稀”
という日本独特の「思想の構造化の欠如」があるのかもしれません。まだ同著は15ページしか読んでいないので、なんとも言えませんが😂
さて、次のボトムは2025年か、それとも2032年か・・・ですが、個人的には32年なんじゃないかと思います。
それは、2010年から2024年頃に生まれたデジタルネイティブとして育った最初の世代であるα世代が世に出てくるのが2032年くらいだからです。このあたりの世代は、猛威を振るった昭和・水戸黄門的価値観を持つ団塊とそのジュニアが一線を退き、その文化の垢を受け継いでおらず、外国人への意識や共存にしても、偏った偏見や抵抗感が薄いと思うからです(最近日本経済新聞に連載された『α 20億人の未来』を読んでの感想)
2032年が起点となって、日本は新たな世代ともに次のピークへと昇っていく・・・と考えたいです。ムスメ(10)よ、ムスコ(7)よ、頼んだぜよ。Into the great wide open, Under them skies of blue♪
で、そのボトムでは何が起きるかというと・・・
最初にこの40年周期説を知ったときには、せいぜい愛想をつかした日本を代表するトヨタのような企業が本社を海外に移転するくらいかなあ、と漠然と思っていたのですが、昨今の情勢を鑑みるに、今や真剣にIMFによる日本救済を恐れています。
もはやみな危機を察知しながらあえて目を背けて美しい代替案にすがりつつある段階(カネ刷れ、もっと配れ、増税メガネは追放しろ)に突入しており、これはもう前回のボトム同様、無条件降伏まっしぐらなのではないかと危惧しています。
私は個人で出来る範囲で予防策を取りますが・・・どうなることでしょう。
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