2024年2月16日金曜日

打率8割の投資家の勝率

  マーケットで生き残ることは、戦場で生き残ることと本質的に同じことだ。できるだけ損失を出さないようにして生き残ることさえできれば、結果的にいくらかの財産ができているものさ

by ウォルター・シュロス、Roald W.Chan 『価値の探究者たち』 山本御稔・小林真知子・訳 きんざい

 

進化のカジノで使われる通貨は生存である。

リチャード・ドーキンス 『利己的な遺伝子』 日高敏隆・岸由二・羽田節子・垂水雄二・訳 紀伊國屋書店


私にとって投資関連のザ・マスターピースと言える本、インド株式を運用するNalanda Capitalの創始者Pulak Prasad氏(以下敬意をこめて師匠Pと呼ぶ)による『WHAT I LEARNED ABOUT INVESTING FROM DARWIN』は3つのセクションで構成されていますが、それぞれに


  1. Avoid big risks.  
  2. Buy high quality at a fair price
  3. Don't be lazy - be very lazy 


とタイトルがつけられてあるように、まずは(損をする)リスクを最小限にとどめることに重きが置かれています。しかし人間、いやもとっと範囲を広げると、生きとし生けるものすべてが、リスクを広げてしまうエラーを犯す存在でもあります。

師匠Pは、それらのエラーをおおきく2つに分けています。


  • Type I : すべきでなかったことをしてしまうこと (Error of Commision)
  • Type II : すべきであったことをしないこと (Error of Omission)

野生の王国での例をとると、喉カラカラの状態に耐え切れず、訪れるべきではないタイミング(つまり捕食者が待ち伏せているとき)で水場に姿を現してしまうトムソンガゼル、もしくは元気いっぱいの若いトムソンガゼルを追いかけてしまい、無駄に体力を使い果たしてしまったチーターなどがType Iエラーになります。

一方Type IIエラーは、慎重になりすぎて安全な水場でさえも辛抱強くやり過ごし、さらに安全な水場を求めて彷徨うトムソンガゼル、あるいは至近距離を横切る老体のトムソンガゼルを、活きのいい個体と見誤って潜伏を続けるチーターなどがそうです。

株式投資に限ると、Type Iエラーは投資すべきでなかった企業に不注意にも株式投資してしまうことであり、Type IIエラーは投資すべきだった既知の優良企業の株式購入を見送ってしまったことになりますね。

ある程度経験のある株式投資家は、多かれ少なかれ、これらのエラーを犯したことがあることでしょう。ない? それはけっこう。私はしょっちゅうあります。おそらくは御大ウォーレン・バフェットでさえも、しばしばたまには。

この2つのエラー、それぞれ反比例の関係で、Type Iエラーを減らすとTypeIIを犯す確率が増え、Type IIエラーを減らそうとするとType Iの罠にはまります。

さて、どちらのTypeのエラーを減らすのが望ましいのか?

DNAの真の「目的」は生き延びること

とは『利己的な遺伝子』における生物学者リチャード・ドーキンスの言葉でありますが、それに則してみると、Type Iエラーこそが全ての生きとし生けるものが避けるべきエラーになりますね。純粋にどちらのほうが致命的かを先述の例でみてみると、捕食者にとっても被食者にとってもType Iエラーのほうが致命的な結果になる確率が高いです。

株式投資においても然り。まずは生き延びないといけません。

さらには師匠PがWHAT I LEARNED ABOUT INVESTING FROM DARWIN』で面白おかしく、かつ丁寧に数ページを割いて、Type IIエラーよりType Iエラーを避けることがいかに効率的かを書かれています。原文がとても示唆に富んだものなので、それをきちんと反映することは無理なのですが、それを承知でちょっとまとめてみます。

かりにマーケットに4,000社の株式があるとします(ちなみに米国では2018年当時で約4,400社が上場していたとか)。で、そのうちの25%にあたる1,000社が投資家に”良い結果”(定義は人によって違うでしょうが、まあ、話を簡単にするために曖昧な表現にしてます)をもたらす企業だとします。1,000社が良い会社、3,000社が良くない会社。ま、なかなか現実的なところなのではないか。

で、ここにいつも80%の確率で正しい判断を下せる投資家(投資家80)がいるとします。彼・彼女が良い結果をもたらす株式に遭遇すると、80%の確率で投資をします。100社の良い会社を目にすると、見逃してしまうのは20社ということですね。一方で良くない結果をもたらす銘柄に直面した場合、その80%を回避することができます。

彼・彼女が良い投資を行う確率は何%でしょうか?

80%? 

違う。57%です。初歩的な算数だよ、ワトソン君。

投資家80はType IIエラーを20%の確率で犯します。ですので良い会社1,000社のうち800社をピックアップすることができます。一方でType Iエラーも20%の確率で犯すので、良くない会社3,000社のうち600社を良い会社だと判断して選んでしまいます。

投資家80が選んだ会社は800+600で1,400社。

しかしその1,400社のうち、実のところ良い会社は800社です。800÷1,400は57%。
よっていつも80%正しい投資家が良い投資を行う確率は57%なのです。あんまり冴えない結果ですね。

ではこの確率を上げるにはどうすればいいか。

まず投資家80AはType Iエラーを犯す確率を20%から10%に減らすことにします。その結果、3,000x10%で良くない会社300社を良い会社だと誤って選びます。投資家80Aは800社+300社で計1,100社を選び、そのうち良い会社の確率は73%になります。目覚ましい向上ですね。

一方で投資家80BはTypeIIエラーの改善を図ります。機会損失が嫌なんですね。私もその傾向が無きにしも非ず。で、10%改善しました。良い会社1,000社のうち、900社を選ぶことができます。素晴らしい。投資家80Bは900社+600社で計1,500社を選び、そのうち良い会社は900社なので、確率は900÷1,500で、えーと、60%。あらら、3%しか進歩してないです・・・

というわけで・・・

結論:投資家たるもの、すべからく良い投資を行おうと試みるより悪い投資を避けることを心がけるべし、さすればいずれ然るべき結果がついて来よう。つまりはType Iエラーを減らすことを念頭に置くべきなのである。Think about risk first, not return.


***

トムソンガゼルやスプリングボックは捕食者に追われた場合、往々にしてストッティングという奇妙な行動をとります。ぴょんぴょん高跳びするのです。これをやると体力は消耗するし、スピードも鈍るし、捕食者の注意も引いてしまいます。一見良いことなんて何もない。

この謎の行動を、自分が目立って捕食者の注意を引くことにより仲間を助ける感涙物の利他的な行為‼とみる向きもあるようでしたが、どうやら「オレはこんなに元気なんだから追うだけ無駄だ、さっさとあきらめて他の弱っちいヤツを襲え」というメッセージ(結果的にはです・・・詳しくは『利己的な遺伝子』を是非ご一読)であるのが本当のところらしいです。DNAの真の「目的」は生き延びることなので、どこまでも利己的なのです。DNA自体は「生き延びてやるぞー」という意思は持ち合わせていないので、あくまで何十億年にもわたる苛烈な淘汰をかいくぐってきた結果にすぎないのですが。

株式投資でも、株価がストッティングをやっているものは、現役時代の和田豊さんがバッターボックスでやったように、丁寧に慎重に見送りたいと私は思います。株価が飛び跳ねている間は、ほかの投資家に追わせればいい。そのうち株価もそれらの投資家たちもバテるときが来るはずだ。その時こそが私の出番なのである。

・・・ハイエナやんけ。

【Appendix】スプリングボックのストッティング:



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